208552 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

あいすまん

あいすまん

怖くない「リング」

怖くない「リング」

宮城隆尋

 ハリウッドがまた余計な金使って日本映画のリメイクをやってるらしいが、日本的な怖さを完璧に映画に取り入れることに成功した「リング」を、何故今更しかもホラーといってもびっくりさせるしか能のないアメリカが作り変えるのか。七〇億円という巨費を注ぎ込んで日本版よりも「わかりやすく」仕上げ、今全米で大ヒットだとか。そりゃアメリカ人はこらえ性がないから「辛抱たまらん」とか言って早くスッキリしたいのかもしれないが、せっかく怖く演出しているものをわざわざ怖くなくするのは何故なのだろう。わかりやすかったり見えやすかったり聞き取りやすかったりするとゾッとするような怖さは台無しになるのであり、「リング」の怖さはビデオから絶えず聞こえてくる耳障りな音や老婆の発する得体の知れない言語(方言であることが後半に判明する)や、井戸が写るだけの映像など、最初のうちは全く脈絡の無いように見える要素が少しずつ繋がっていき、恐怖をかき立てていって貞子は最後にしか登場しないところ。しかも顔は目だけしか見せず、目の剥き具合や爪の剥がれた指、蜘蛛のように這う姿、そして長い黒髪と、日本の怪談などに由来する伝統的な怖さであり、巨費を投じてどうにかなるような類いのものではないのだ。
 例えば呪いのビデオを見た直後にかかってくる電話の内容は、日本版では金属とガラスを擦り合わせたような耳障りな音だが、アメリカ版では「あと7日よ」と誰か女性が呟くとか。何だそれ。あと息子がビデオを見てしまう時の映像が日本版では井戸が写っているだけだったのが、途切れる直前に貞子が出てくるまで写っているところも安易な「びっくり」でゾッとしない。あとはやっぱりギャーギャー喚いているし、スティーブン・キングの「シャイニング」を思わせるような斧を振り回すシーンは果たしてクローズアップするような場面か。息子役の顔は怖いがそれは演出とは何の関係もない。
 アメリカでは「すごく怖い」と評判で、またもや「全米大ヒット」らしい。アメリカ人にとっては確かに日本版のすっきりしない怖さ、改めて考えてゾッとするような怖さはわからないのかもしれないし、馬鹿にでも分かるように親切で説明的にするのは商業戦略上重要なことだと思うが、「リング」は瞬間的に何か怖い物が見えたり聞き取りづらい音が聞こえたりするというわかりにくい部分が想像力を掻き立て、見ている側の頭の中で恐怖を無尽蔵に増殖させるところが生命線であるから、即ちアメリカ版「リング」は怖い部分を総じて削ぎ落としてしまった抜け殻映画、単なるビックリ映画であり、「リング」という名がついているが「リング」ではないのである。もしこれが日本でもヒットになったりしたら目も当てられない。日本の誇れるレベルの映画を外国にわざわざ台無しにしてもらって、それでいて絶賛するようなら売国奴、日本的価値観を捨ててアメリカナイズという文化的侵略を快く受け入れる自尊心のない売女である。

初出:「偽パンダつうしん」第21号(沖縄国際大学文芸部 2003.2.28)


© Rakuten Group, Inc.